月7万円の外貨建て保険を4年で解約した話|何も知らなかった私が学んだこと

友人にすすめられるまま、中身もよく分からずに契約した、月7万円の外貨建て積立保険。約4年間払い続けたあと、自分は勉強の末にこれを解約し、インデックス投資へと切り替えました。きっかけは、転勤・転職・収入減という人生のどん底でした。この記事では、なぜ入り、何に気づき、どう解約を判断し、その後どうしたのかを、後悔も含めてすべて正直に書きます。同じように「なんとなく入っている保険」に引っかかりを感じている方の、判断の材料になればうれしいです。

※この記事は個人の体験を綴ったものであり、特定の金融商品の契約や解約を勧めるものではありません。投資・保険の判断はご自身の責任でお願いします。本記事には一部アフィリエイトリンクを含みます。

何も考えずに月7万円の保険に入れた頃のこと

長男が生まれた。

それまでの自分は、お金の仕組みなんて何ひとつ知らないまま生きてきた。投資も、保険も、税金も、すべて「いつか誰かが教えてくれるもの」くらいに思っていた。それでも困らなかった。当時の自分は、誰もが名前を知っている国産メーカー系の工場で働いていて、住まいは格安の社宅。給料は安定していて、会社のブランドだけで「自分はちゃんとした側の人間だ」と、根拠もなく安心していられた。

子どもが生まれて、「そろそろ将来に備えないと」という気持ちがふわっと芽生えた。とはいえ何をどうすればいいのか分からない。そんなとき思い出したのが、小学校からの友人だった。彼は保険の仕事をしていた。「ちょっと話聞かせてよ」——本当にそれくらいの、軽いノリで連絡をした。

彼が提案してくれたのは、外貨建ての積立型保険だった。

「これ、保険と貯金が一緒になってるやつでさ。利回りで回るから、30年、40年後には払った額の倍近くになるんだよ。外貨建てだから円が弱くなってもリスクヘッジが効くし、安心だって」

月の支払いは大きいけれど、「払込期間を10年に絞れば、頑張る期間がはっきりするだろ?」とも言われた。

月7万円。正直、高いと思った。それでも当時はそこそこ稼いでいたし、「頑張るのは10年だけ」と言われれば、なんとかなる気がした。何より、相手は昔からの友人だ。疑う理由がなかった。「この保険、今すごい人気でさ。入る人めちゃくちゃ多いんだよ」というひと言が、最後のあと押しになった。

契約書にサインしたとき、自分が何にサインしたのか、本当のところは分かっていなかった。

その後、人生の地盤が音を立てて崩れた

異変の兆しは、噂から始まった。

「この工場、近いうちにたたまれて、みんな東北に転勤になるらしい」。そんな話が、ちらほら聞こえてくるようになった。でも自分は、まともに取り合わなかった。こんなに大きな工場を、そう簡単にたたむわけがない。誰もが知っている会社が、社員全員を別の土地に動かすなんて、ばかばかしい——そう思って笑っていた。

ところが、その「ばかばかしい」話は、正式な決定として降りてきた。数年のうちに、この工場は閉じる。社員は東北へ移る。

信じられなかった。でも、不思議とそのときも、どこかで軽く考えていた。「まあ、なんとかなるだろう」と。安定した給料、会社のブランド、社会的な信頼——その地盤の上にずっと立っていられると、疑いもしていなかったから。

なんとかならなかった

妻も自分と同じ県の出身だった。慣れない雪国での暮らし、両親となかなか会えなくなること、子育ての環境——いくつもの理由が重なって、家族で話し合った末に、自分は転職を選んだ。会社のブランドも、安定も、自分から手放す決断だった。

正直に言えば、当時の自分には、根拠のない自信があった。若いうちから現場のリーダーを任され、年上のベテランたちに指示を出す立場だった。それが「自分は仕事ができる人間だ」という思い込みを、無駄に膨らませていた。辞めると周りに話したときも、みんな口をそろえて「お前ならどこ行ってもうまくやれるよ」と言ってくれた。その言葉を、当時の自分は素直に信じていた。——いま思い返せば、完全に天狗になっていたのだと思う。

転職して、給料は少し下がった。それまで格安で住めていた社宅を出て、家賃7万円のアパートに移った。固定費は一気に膨らんだ。それでも「家族のための選択だ」、そして「自分なら大丈夫だ」と、どこかで高をくくっていた。

本当に堪えたのは、その先だった。新しい職場で配属された部署のリーダーから、激しいパワハラを受けた。毎日、神経をすり減らした。心が、少しずつ削られていった。あれだけあった自信は、面白いように剥がれ落ちていった。

それまでの自分は、いい会社に勤めていて、お金で苦労したことがなかった。環境が変わった途端、苦労が次から次へと押し寄せてきた。こんな会社、辞めてやりたい。でも、辞めたら家族を養えない。逃げ出すこともできない自分に気づいたとき、思った——自分は、なんて空っぽな人間なんだろう。守るべき家族がいるのに、その力すらない。あれほど信じていた「どこでもやれる自分」は、どこにもいなかった。

どん底で、初めてお金と向き合った

まずやったのは、その部署から逃げることだった。

パワハラのリーダーの下にい続けたら、心が完全に壊れる。そう感じて、部署異動を願い出た。環境を変えて、少しずつメンタルを立て直していった。心に余裕が戻ってくると、ようやく自分の状況を冷静に見られるようになった。

そのとき、頭の中をぐるぐる回っていたのは、ひとつの考えだった。

——結局、お金があれば、ぜんぶ解決するんじゃないか。

会社を辞めたい。でも、お金があれば、無理して嫌な仕事にしがみつかなくていい。もっと子育てに関わりたい。でも、お金があれば、いっそ会社を辞めて、子どもとの時間に専念することだってできる。あのとき自分を苦しめていた問題のほとんどは、突き詰めると「お金の制約」に行き着いた。逆に言えば、お金さえなんとかなれば、人生の選択肢は一気に広がる。

それまで、お金のことを「いつか誰かが教えてくれるもの」だと思って生きてきた自分が、初めて本気で、自分の意思でお金と向き合おうと思った瞬間だった。

そこからは、とにかく学んだ。仕事と育児の合間の、わずかな時間をかき集めるようにして。本を読み、ネットで調べ、知らない言葉をひとつずつ潰していった。最初は何も分からなかった。でも、調べれば調べるほど、これまで自分がいかに「知らないまま、なんとなく」でお金を扱ってきたかが見えてきた。

そして、ある一点に目が止まった。

——あれ。あの、月7万円の保険。あれって、本当に大丈夫なんだろうか。

4年加入して感じ始めた違和感

お金の勉強を続けるうちに、知識が少しずつ増えていった。投資信託のこと、インデックスファンドのこと、為替のこと。最初は呪文のようだった言葉が、ひとつずつ意味を持ち始めた。

そして、知れば知るほど、胸の奥に小さな引っかかりが生まれていった。あの、月7万円の保険のことだ。

引っかかりは、大きく2つあった。

ひとつは、運用先としての効率だ。勉強する中で、S&P500のようなインデックス投信や、個別株の存在を知った。過去の実績を調べ、仕組みを理解していくうちに、ふと気づいてしまった。——もし同じ月7万円を、保険ではなくインデックス投信や個別株に回していたら、もっと増えていたんじゃないか。保険という形を通すことで、本来運用に回るはずのお金が、いろいろなコストに削られている。その構造が、だんだん見えてきた。

もうひとつは、為替リスクだった。この保険は外貨建てだ。契約のとき「外貨建てだから円が弱くなってもリスクヘッジになる」と説明され、自分はそれを「安心材料」として受け取っていた。でも勉強してみて分かったのは、外貨建てというのは、円高に振れれば受け取る額が目減りするということでもある。為替次第で、将来戻ってくる金額が大きく変わる。そのリスクを、自分は契約時にまるで理解していなかった。

正直に言えば、いちばんショックだったのは、保険そのものよりも、自分の信じ方だった。

その友人は、FPの資格を持っていた。お金の専門家だ。小学校からの付き合いで、彼が悪意で売りつけるはずがないと、心から信じ切っていた。「プロが、友達が、すすめてくれたものだから間違いない」——その思い込みのまま、自分は一度も中身を確かめなかった。

彼を疑いたいわけじゃない。きっと彼自身も、よかれと思ってすすめてくれたんだと思う。でも、どんなに信頼できる相手でも、自分のお金の中身を理解する責任は、最後は自分にしかない。そのことに、4年もたってようやく気づいた。

自分で勉強して気づいた、「利回り」の本当の意味

保険とインデックス投資の運用効率を比較したイメージ

ここからは、少し具体的な話をする。同じ後悔をしないために、自分が何に気づいたのかを残しておきたい。

まず、払い込んだお金のことから。月7万円を約4年間。単純計算で、払い込んだ総額はおよそ336万円だった。決して小さくない金額だ。

勉強する前の自分は、「30〜40年で倍になる」という説明を、額面どおりに受け取っていた。でも、ここに最初の落とし穴があった。保険のパンフレットや説明で語られる利率と、実際に自分の手元で増えるお金(実質的なリターン)は、同じではない。

外貨建ての積立型保険では、払った保険料がまるごと運用に回るわけではない。そこから、保険を維持するための費用、契約にかかる費用、保障部分のコストなどが差し引かれる。残ったお金が運用される。だから、たとえ運用利率が表示上は高く見えても、コストを引いたあとの「自分が実際に受け取る利回り」は、その数字よりずっと低くなる。これが、「保険と貯金が一緒」という商品の正体だった。保障と運用が混ざっている分、どちらの効率も中途半端になりやすい。

この保険は、払い込みを始めてから10年以上経たないと、解約返戻金が払込総額を確実には上回らない設計だった。つまり、途中でやめれば、原則として元本割れする。長い時間をかけて、ようやくプラスになるかどうか——それが、この商品の実力だった。

そして、これが解約のときに数字としてはっきり出る。

もうひとつの落とし穴が、為替だ。外貨建てである以上、将来受け取るお金は為替レートに左右される。契約時に「リスクヘッジになる」と聞いて安心していたが、実際には、円高に振れれば受取額は目減りする。為替は、味方にもなれば敵にもなる。その変動リスクを引き受けていることを、自分は理解していなかった。

ここまで分かったとき、ひとつの問いが頭から離れなくなった。——もし同じ336万円を、保険ではなく、S&P500などのインデックス投信や個別株にそのまま入れていたら、どうなっていただろう。

もちろん、投資に「たられば」は禁物だし、過去の相場がこの先も続く保証はない。相場が悪ければ逆の結果もあり得た。それでも、コストの構造を理解したいまなら、こう言える。同じ期間、同じお金を、コストの低いインデックスに回していたら、手元に残る結果は大きく変わっていた可能性が高い。少なくとも、「保険会社にコストを払いながら、中途半端な運用をする」よりは、シンプルで効率的な選択肢が、最初から存在していた。

知らなかった、というだけで。

解約のタイミングを、どう決めたか

仕組みを理解しても、すぐには動けなかった。

頭では「この保険は続けるべきじゃない」と分かっていた。それでも、解約という決断には、思っていた以上の勇気がいった。これまでずっと、お金のことは人任せにしてきた。友人に「いいよ」と言われたものを、そのまま受け入れてきた。その自分が、初めて自分の意思で、自分のお金の舵を取ろうとしている。慣れないことへのためらいが、どうしてもあった。

タイミングについては、ひとつ意識したことがある。為替だ。

この保険は外貨建てだから、解約して円に戻すとき、為替レートが結果を大きく左右する。2024年の夏、円相場は1ドル160円前後という、歴史的な円安水準にあった。円安のときに外貨を円に換えれば、それだけ受け取れる円は多くなる。本来なら10年以上続けないと元本割れする商品だったのに、この円安の追い風のおかげで、払込総額より20万円ほどプラスの状態で解約できる見込みが立った。

正直に言えば、これは自分の実力ではない。為替がたまたま味方してくれただけの、幸運だった。でも、その幸運が「いま動け」と背中を押してくれているようにも感じた。傷を負わずに、むしろわずかでもプラスで、この商品から降りられる。これ以上のタイミングはない、と思った。

それでも最後の一歩は、やっぱり重かった。手続きの書類を前にして、何度も「本当にいいのか」と自分に問いかけた。

そのとき、ふと、昔よく聴いていたヒップホップの一節が頭をよぎった。

——No pain, No gain.

痛みなくして、得るものはない。何かを変えるには、慣れた場所から踏み出す痛みを引き受けるしかない。これは、これまでの「人任せだった自分」と決別するための、痛みなんだ。そう思えたとき、ようやく手が動いた。

解約の手続きを終えたとき、感じたのは後悔でも不安でもなかった。自分の人生のハンドルを、ようやく自分の手に握り直せた——そんな、静かな手応えだった。

解約したお金を、どこに移したか

解約して戻ってきたお金は、当初の目的どおり、自分で運用することにした。

預け先として選んだのは、S&P500に連動するインデックス投信と、日本の個別株だった。保険という「他人に運用を任せて、コストを払う」形から、「自分で選んで、コストを抑える」形へ。これが、勉強して自分なりにたどり着いた結論だった。

使った証券口座は、SBI証券だ。

正直に打ち明けると、この口座は、ずっと前に開設だけして、ほとんど使っていなかった。「投資、やったほうがいいらしい」と聞きかじって口座だけ作り、そのまま放置していたのだ。あの頃の自分らしい話だと思う。知識も覚悟もないまま、形だけ整えて、満足していた。

その眠っていた口座が、ようやく本当の意味で動き出した。解約で戻ってきたお金を、NISA口座を使って、コストの低いインデックス投信と、自分なりに調べて納得した個別株に振り分けていった。

ひとつ補足しておきたい。自分がSBI証券を使っているのは、たまたま昔そこに口座を作っていたからで、「ここが唯一の正解」というつもりはまったくない。実際、自分の周りでお金の話をする人を見ても、使っているのはSBI証券か楽天証券のどちらか、というケースがほとんどだ。この2つは、ネット証券の中でも定番中の定番と言っていいと思う。

どちらにもそれぞれ良さがある。たとえば楽天のサービスを普段からよく使う人なら、ポイントの面で楽天証券が合うかもしれないし、自分のように特にこだわりなく始めるならSBI証券でも不自由はない。手数料の安さ、商品のラインナップ、アプリの使い勝手——どこを重視するかは、人によって違う。

だから、もしこれから口座を選ぶなら、「誰かのおすすめ」をそのまま受け取るんじゃなくて(かつての自分への戒めも込めて)、自分の生活スタイルに合うほうを、一度自分で見比べて選んでほしいと思う。大事なのは「どの証券会社か」よりも、「コストの低い商品を、自分で理解して選ぶ」という中身のほうなのだから。

あれだけ「保険と貯金が一緒で安心」と思っていた自分が、保障は保障、運用は運用と切り分けて、自分の手で管理するようになった。

具体的には、貯蓄型の保険を解約したあと、保障そのものは、掛け捨てのシンプルな保険であらためて確保し直した。もしものときに家族を守る備えは、ちゃんと残す。そのうえで、資産を増やす部分は、コストの低いインデックス投信と個別株でやる。「保障」と「運用」を別々の道具に分けたことで、それぞれの役割がはっきりして、頭の中もすっきりした。月7万円という大きな授業料を払って、ようやく学べたことだった。

解約してみて分かった、いくつかの注意点

最後に、自分の経験から「これは気をつけてほしい」と思うことを、正直に書いておく。

まず、解約のタイミングについて。自分は円安のおかげでプラスで解約できたが、これはあくまで運がよかっただけだ。為替は逆にも振れる。円高のときに焦って解約すれば、大きく元本割れすることもある。「プラスで抜けられた」という自分の結果だけを見て、安易に真似してほしくない。動く前に、自分の契約内容と、いまの為替の状況を、必ず自分で確認してほしい。

次に、解約を伝えた相手のこと。自分の場合、保険をすすめてくれたのは小学校からの友人で、彼にとっては契約が成立することに仕事上のうまみもあったはずだ。だから正直、解約を切り出すことには後ろめたさがあった。

でも、あるとき気づいた。これは「友人のためのお金」ではなく、「自分と家族のためのお金」なんだ、と。そう思えてからは、迷いが一切消えた。そして実際に友人へ、最近お金の勉強を始めたこと、解約したいこと、解約後はどう運用したいかという自分の考えまで、正直にストレートに伝えた。すると彼は、「正直なところ、それがいい選択だと思う」と言ってくれた。

拍子抜けするくらい、まっすぐな返事だった。誰かを悪者にする必要なんて、最初からなかったのだ。大事なのは、相手との関係に遠慮して自分のお金の判断を曲げないこと。そして、ちゃんと自分の言葉で正直に伝えることだと思う。

そして、いちばんの教訓。当たり前のことだけど、契約するときは、その中身をしっかり理解しないといけない。テレビのCMでも、この手の「保険でありながら資産も増える」という商品は、見栄えよく流れている。でも、保険と投資は、分けて考えるべきだ。保障が必要なら保障に特化したものを、資産を増やしたいなら運用効率のいいものを。ひとつにまとめると、たいてい、どちらも中途半端になる。

学ばないで、人任せにする人生。しっかり学んで、自分で決める人生。この2つを両方とも経験してみて、いま確信を持って言える。——後者のほうが、間違いなく得をする。

よくある質問(FAQ)

友人や知人からすすめられて入った保険でも、解約していいの?

もちろん、解約は契約者の自由な権利です。自分も小学校からの友人から入ったので、後ろめたさはよく分かります。でも、それは「自分と家族のためのお金」です。自分の場合は、正直に考えを伝えたら、友人も解約に納得してくれました。関係に遠慮して判断を曲げるより、誠実に伝えるほうが、結果的にお互いのためになると思います。

外貨建ての積立保険を解約するベストなタイミングは?

一概には言えませんが、外貨建ての場合、円に戻すときの為替レートが結果を大きく左右します。円安のときのほうが受け取れる円は多くなります。ただし為替は予測できないので、「為替を待つ」こと自体がリスクにもなります。自分はたまたま円安に救われましたが、まずは自分の解約返戻金がいまいくらなのかを確認することをおすすめします。

解約すると元本割れすると言われました。それでもやめるべき?

これは契約内容によります。多くの貯蓄型保険は、一定期間(自分の場合は10年以上)続けないと払込総額を下回る設計です。「ここまで払ったんだから」ともったいなく感じますが、大事なのは過去ではなく、これから先もそのお金を非効率な場所に置き続けるかどうかです。元本割れの額と、解約後にそのお金をどう活かせるかを天秤にかけて判断するといいと思います。

保険をやめたら、もしものときの保障がなくなって不安です。

その不安はよく分かります。ただ、解約と「無保険になること」は別です。自分の場合は、貯蓄型を解約したあと、保障は掛け捨てのシンプルな保険で入り直しました。「保障」と「貯蓄・投資」を分けて考えるという発想です。掛け捨ては割安な分、必要な保障をしっかり確保しやすい。貯蓄型ひとつでなんとなく安心するより、必要な保障は保障で確保し、資産形成は資産形成で効率よく、と切り分けるほうが、自分には合っていました。

結局、保険と投資はどちらがいいの?

これは目的が違うので、どちらが上という話ではないと思います。保険は「もしものときに困らないため」、投資は「資産を増やすため」のものです。問題なのは、ひとつの商品で両方をうたう場合に、コストが二重にかかって効率が落ちやすいこと。自分は、保障は必要最低限に、運用はコストの低いインデックスで、と分けることに落ち着きました。

まとめ——人任せの人生から、自分で決める人生へ

あの月7万円の外貨建て保険は、いまふり返れば、お金のことを何も知らなかった頃の自分の象徴だった。

誰もが知る会社に守られ、根拠のない自信を持ち、お金のことは「いつか誰かが教えてくれる」と思っていた。友人にすすめられるまま、中身も理解せずにサインした。あの頃の自分は、自分の人生の大事な部分を、まるごと誰かに預けていたんだと思う。

その地盤が、転勤と転職とパワハラで音を立てて崩れたとき、初めて気づいた。お金があれば解決できた悩みが、いくつもあった、と。そこからの自分は、仕事と育児の合間をかき集めるようにして、お金のことを学んだ。学んで、自分の頭で考えて、保険を解約し、自分の手で資産を組み直した。

正直に言えば、いまも裕福というわけではない。転職で給料はむしろ下がった。それでも、家族との時間は、確実に増えた。いまの自分は、ほぼ毎日定時で仕事を終える。残業代のために残る同僚たちを横目に、家族に会うために、まっすぐ家へ帰る。2年に一度は家族で沖縄へ行き、毎年ディズニーにも泊まりで出かけられている。

同僚からは、ときどき「なんで定時なのに、そんな生活ができるの?」と聞かれる。陰では「あいつは実家が太いから」なんて言われていることもあるらしい(笑)。でも、違う。実家は関係ない。ただ、学んで、自分で決めて、動いた。それだけだ。

おもしろいもので、「どうやってるの?」と聞かれて方法を教えても、実際にやってみる人は、体感で10人に1人くらいしかいない。知ることと、動くことのあいだには、それくらい大きな川が流れている。かつての自分も、その川の手前でずっと立ち止まっていた。

だから、もしこの記事を読んでいるあなたが、いま「なんとなく入っている保険」や「人任せにしているお金」に少しでも引っかかりを感じたなら——まずは中身を、自分の目で確かめてみてほしい。解約をすすめたいわけじゃない。ただ、自分のお金の舵を、自分の手で握り直すこと。その小さな一歩が、人生の景色を変えていくことだけは、自分の経験から、確かだと言える。

学ばないで人任せにする人生と、学んで自分で決める人生。両方を生きてみた自分は、迷わず後者を選ぶ。

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